​論理的に解く訓練をしなければ国語は得意にならない!

国語は論理の​教科
「​国語はセンスや感覚で解ける、解くもの」「国語の答えは一つじゃない」と主張する人がいます。こんな風に言われると「センスや感覚がなければ解けないのだから、勉強したって仕方がない」「答えは結局主観的なものだからそもそも国語という教科自体がナンセンスだ」と考え、漢字や文法などの知識問題以外は何もしないという人が多いのですが、それは完全に間違った認識です。
国語は論理の教科であり、正しい方法で勉強すれば、誰でも必ずできるようになります。まずはこの認識をしっかり持ってください。もちろんセンスや感覚で何とかなっている人もいるのは事実です。しかしそれは「普通の問題であれば、ある程度解ける」というだけで、レベルが高くなればなるほど、通用しなくなります。
​大事なことは"正しく文章を読むこと"
私が国語の授業で繰り返し言うことがあります。それは「問題文に書いてあることだけから判断しろ」です。当たり前だと思うかもしれませんが、国語の問題を解く上でそれが全てと言っていいほど重要なルールであり、ほとんどの子供達ができていないことです。
このルールを無視して、自分勝手に文章を読み、問題を解いてもほとんど意味がありません。国語では「自分がどう思うか?」という主観的な考えや想像を一切排除して、ただただ文章を客観的に正しく読み取れるかどうかが問われているのです。しかしほとんどの子供達は「客観的に正しく文章を読む」という意識自体がない状態で問題を解いているので、漠然と正解したり間違ったりしているだけです。そのためいつまでも国語の成績が伸びず、挙げ句の果てには「国語はセンスだ、感覚だ」とおかしな主張をすることになります。
不思議なことに多くの学校の国語の授業では文章を正しく読むための訓練はあまりされません。ところが入試やテストではなぜか文章を正しく読む能力が問われるという何ともおかしな教科です。
​何をすればよいか?
萩学では国語力を身に付けるために、三つのことを徹底して身につけさせます。
一つ目は言うまでもなく、文章を正しく読む技術です。繰り返しですが、国語は文章を客観的に正しく読むことが全てです。
しかしこの文章を正しく読む技術は一人ではなかなか身に付けることができません。なぜなら自分が正しく文章を読めているのかどうかを自分では判断できないからです。将棋や囲碁で自分の手が良いか悪いのか、自分ではわからないのと同じことですね。
二つ目は問題を解く技術です。国語をテストで解くとき、そこには一定のパターンやルール、傾向が存在します。例えば問題作成者が選択問題を作成するとき、どのようにして正答や誤答を作り出すか?そういった裏側を予め知っておけば、実際に問題を解くとき大きなアドバンテージになります。
​三つ目は背景知識です。これは論説文を解くための学習になります。例えば「資本主義」がテーマの論説文が出題されたとき、資本主義とは何か?どのようなメリットがあり、どのようなデメリットがあるのか?ということを予め知っていれば、そこで主張されていることを理解しやすくなります。萩学では論説文をただ解いて終わりにするのではなく、そこで扱われたテーマについての背景知識を教えます。
​国語は誰でもできるようになる
先日、私が1〜2年ほど現代文を教えた中学二〜三年生の三人に大学センター試験の現代文を解かせてみたところ、三人とも70%以上の正解率でした。これはセンター試験の平均点60%を上回る成績です。
国語は数学のように特殊な知識を必要とするものではありません。それ故、正しい方法と環境で学習に取り組めば誰でも必ずできるようになり、中学生でも大学受験レベルの問題が解けるようになるのです。

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